こんにちは。ノブです。
BRM502日本橋1000ツールド奥の細道に参加してきました。今回は、山形県新庄市からゴールの秋田県にかほ市までをレポートします。
走行データ
ブルベ走行レポート
836km地点:ホテルルートイン新庄駅前
4時間半ほど仮眠して起床。今度は目覚まし時計のアラーム通りに起きられました。
事前にコンビニで買っていたカップ麺とおにぎりで朝食を取ります。ブルベのときに食べるカップ麺はいつも赤いきつねなのですが、寝起きや胃が疲れているときでも食べやすい気がしています。
準備を整え、出発は午前4時15分頃。滞在時間は6時間45分でした。そして、残り時間は10時間と45分。この時間内に残り167kmを走れば良いわけです。
今日も終日天気が良く、ゴールの秋田県にかほ市周辺は南西の風が吹いているようです。終盤を追い風基調で進めるのは、かなりラッキーですね。
まずは新庄市から日本海側に出るためには、小規模ですが山越えがあります。
市街地はすぐに畑に変わり、里山の中に小さな村落がポツポツと現れてきました。早朝の交通量のない澄み切った空気の中、ゴミ拾いをする町の方々と出会い「おはようございます」と挨拶をして進んでいきます。
やがて人里から離れて林道となり、緩やかな登りを終えた先でトンネルを潜り、酒田市に入りました。しばらくダウンヒルが続きます。
PC18:888.9㎞地点[7-11酒田法連寺店]
ダウンヒルを下りきり、午前6時45分頃にPC18[7-11酒田法連寺店]に到着しました。
このPCに立ち寄ることに何か意味があるのでは?と思い、法蓮寺について調べてみましたが、残念ながら芭蕉に関わる話は見当たりませんでした。
次は進路を南にし、913.5㎞地点のPC19[芭蕉上陸の地] へと進んでいきます。時刻も7時半を過ぎると日差しが強くなっていき、防寒着を脱いで薄着になりました。
若干向かい風になっていましたが走行に支障が出るほどではなく、平坦な道のりを進んでいきます。
PC19:913.5㎞地点[芭蕉上陸の地]
最後は最上川に架かる橋を渡り、午前8時10分頃にPC19[芭蕉上陸の地] に到着。
芭蕉上陸の地には、清川関所が復元されています。かつては出羽三山への参拝者で賑わっていたそうです。
このブルベでもそれに倣い、次の目的地は16km先の929.8㎞地点のPC20[出羽三山神社] です。
若干の向かい風の中を南西に進んで行くと、終盤で少し登りがあり、その先からは宿坊や小規模の鳥居と神社が並ぶ参道の宿場町という雰囲気になっていました。
PC20:929.8㎞地点[出羽三山神社]
PC20[出羽三山神社] には午前9時頃に到着。証跡は鳥居右横にある『出羽三山神社』の石碑で、これを写真に収めておきます。これですべてのPCを通過し、証跡を確保しました。
羽黒山、月山、湯殿山を出羽三山と呼び、その3つを巡ることは「生まれ変わりの旅」とされ、古くから信仰されてきた歴史ある場所です。
芭蕉も生まれ変わるべく出羽三山巡りをしており、ちょうどPCにもなっている出羽三山神社から羽黒山を目指しました。そして、その途中の南谷という場所で以下の句を詠んでいます。
また羽黒山についても、以下のような句を残していました。
芭蕉が訪問したのは現在の暦の7月下旬だったのですが、ずいぶんと暑さに苦労していたようです。
現代はというと、5月だというのにもう暑い。営業前のお店ばかりでしたが、ソフトクリーム屋さんが開いていたので、あまおうソフトをいただきました。
ここからは秋田県を目指して進んでいきます。出発早々に目に留まったのは、羽黒山大鳥居。遠くからでも分かるその鳥居の高さは約20m。幅は15mもあり、道路を跨ぐように建てられていて圧巻でした。
鳥居は羽黒山の結界とされていて、その外に出て行くと、のどかな田園風景が広がっています。さらに北上していると、南西からの緩やかな風が凪ぎました。
すると水を張った田んぼに鳥海山がリフレクション。非常に綺麗な景色を拝むことができたのは、出羽三山神社のご利益かもしれません。
酒田市に入り、不玉宅跡の前を通過。芭蕉は俳人の伊藤淵庵不玉(いとうえんあんふぎょく)の家に一週間余り滞在しています。出羽三山巡りで気持ちはリフレッシュできても、体は疲労困憊だったのかもしれませんね。
また、酒田市では、日和山公園を通過していくのですが、ここには芭蕉像がありました。
芭蕉が酒田に到着したのは、現代の暦の7月末頃。曽良も「暑甚だし(暑いことこの上ない)」と記すほどの猛暑で、芭蕉は以下のような句を残しています。
国道7号線に合流すると、交通量が一気に増えます。GWなのでひっきりなし。道の駅も車と人でごった返していて、立ち止まる気にもならないくらいでした。
しばらく進み、そこから海沿いの『鳥海あまはげ街道』に出ると、次のような句を刻んだ芭蕉の句碑がありました。
再び国道に戻って北上。秋田県との県境の直前に、駐車スペースのある広場があって、そこに見覚えのあるパラソルを見かけます。ババヘラアイスのパラソルです。
暑い日にはこの秋田名物が最高。食べない理由はありません。
それに、立ち寄った場所が芭蕉所縁の地となっていて一石二鳥でした。
ここ三崎峠には『有耶無耶の関』と呼ばれた関所があって、歌枕の地です。そして、今でも使う言葉『うやむや』の語源はここから生まれました。
ゴール:Arrivée[象潟海岸]
小休止を終えて再び北上。すぐに秋田県にかほ市へと入ります。
そのまましばらく国道7号線を進み、道の駅象潟ねむの丘の少し手前で海沿いへと移動。砂浜の見えたところが、ゴール地点の象潟海岸です。
ここでの証跡は『日本の渚・夕陽百選』の看板です。到着時刻も一緒に記録しておく必要があるため、腕時計などと一緒にゴール時の時刻を記録しておきます。
象潟や雨に西施がねぶの花
象潟に雨が煙っている。岸辺にひらくねぶの花が雨に濡れて、うちしおれる様は、中国の絶世の美女・西施が憂いにまぶたを閉じてうつむいている姿のようで、象潟の風情を象徴しているように見える
出典:俳句の教科書
綺麗な砂浜が広がっている象潟海岸ですが、ここはかつて芭蕉が見た景色とは少し異なります。というのも、文化元年(1804)の大地震により、海底が2m前後隆起しているからです。
芭蕉が訪れた頃の象潟は、小さな島の点在する松島のようなところだったそうです。かつての景色を見ることは叶いませんが、その美しさは、芭蕉の句の中から感じ取ることができるのでした。
その後、にかほ市象潟公会堂へ移動して、ゴール受付をします。すべての証跡の確認もでき、72時間42分で完走することができました。
ブルベはここで終了ですが、次で走り終えた感想と帰路について書いて、最終回としたいと思います。
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